「おもろいんちゃう?」
から、はじまった。
実家の裏に、誰も使わなくなった蔵がありました。築100年。もとは、質屋の蔵だったそうです。
Since 2014京立ち、石部泊まり
石部は、東海道五十三次の51番目の宿場町でした。
京都から石部までは、およそ36キロ。朝に京都を発つと、夕方にはこの土地へ着く。だから「京立ち、石部泊まり」と呼ばれ、京から東へ向かう旅人が、最初の一夜を預けた場所だったといいます。江戸時代の終わりごろには、本陣2軒、旅籠32軒を含む458軒が、街道沿い1.6キロほどに並んでいたそうです。
——私も、京都から帰ってきました。
美容師として京都で働き、地元であるこの石部に戻ってきたのが2014年のこと。旅人が荷を下ろした町で、店を構えることになりました。
火縄銃と、鎧と、
ワインの瓶
店舗になっているこの建物は、築100年から105年ほど。先祖が質屋を営んでいたそうで、おそらくは質草を預かるための蔵だったのだと思います。
私が物心ついたころには、もう何も入っていませんでした。ただ、古いワインの瓶や、火縄銃、鎧のようなものが出てきた——という話だけは聞かされていました。
実家の裏にある、誰も使わない建物。子どものころから、それはずっとそこにありました。
ほんまに、
なんとなくでした
京都から戻ってきたとき、私は24歳でした。これからどうしようかと考えていたときに、ふと思いついたんです。
実家の裏にある蔵、
改造したらおもろいんちゃう?
今思えば、根拠も計画もありませんでした。ほんまに、なんとなくです。
どうすればいいのかも分からず、とりあえずインターネットで調べた工務店に連絡をしてみました。話を聞いてもらったとき、担当の方がえらく楽しそうに聞いてくれた。あのときの嬉しさは、今でも覚えています。
電気も、水道も、
床もなかった
実際に手をつけてみると、状態は思っていた以上でした。
電気も水道も通っていない。床は所々抜け落ちている。積もったホコリの量もすごい。とても人が入れるような場所ではありませんでした。
だからこそ、内装は思い切って今の空気に合わせて仕上げてもらうことにしました。古さをそのまま見せることが目的ではなかったからです。外観はほとんどお任せでしたが、ひとつだけ「どこか珍しい感じにしてほしい」とお願いしました。
よく見ると、普通ではない
きれいに仕上がった店内ですが、よく見ると普通の建物ではないことに気づいていただけると思います。
壁が、やたらと分厚い。天井を見上げると、大きな梁が渡っている。
そこは、あえて隠しませんでした。100年前にこの建物をつくった人たちの仕事が、そのまま残っている場所です。
2014年5月から、一度も。
当店は完全個室・完全予約制です。
2014年5月の開業以来
お客様同士が顔を合わせたことは、
一度もありません。
部屋を分けただけではありません。ご予約の時間にゆとりを持たせ、施術が重ならないように組んでいます。だから、誰にも会いません。
私は、待つのが本当に苦手です。予約をしているのに何十分も待たされる。あれがどうしても我慢できない。その日の忙しさによって仕上がりが変わってしまう店にも、絶対にしたくありませんでした。
当時は若かったし、場所も田舎です。普通のことをしていても仕方がないと思っていました。普通の美容室だけは、絶対につくりたくなかった。
一人のお客様に、一つの部屋を。今も、その形のまま続けています。
100年前、ここは人の大切なものを預かる蔵でした。
今は、髪をあずけてもらう場所になりました。
建物の役目は変わりましたが、
案外、やっていることは似ているのかもしれません。